雑記13

 

今自分には好きなもの(こと、人)がたくさんあって(いて)

 

それらを好きなうちは好きでいるし

 

好きなうちは好きだと言い続けるし

 

ただそれだけのことなんだよなあと

 

そう思う

 

 

義務感で好きでいるなんてことはしないし

 

自分を認められない分

 

好きなものくらいは心の向くままに好きでいたいし

 

好きなように好きでいたいよ

 

 

たとえ離れる日が来たとしても

 

出会えたこと、好きになれたことは

 

自分の中に永遠に残って

 

自分の一部になるんだ

雑記12

 

もう二十数年東京で暮らしている。

 

が、免許は持っていないので移動は基本電車。

そんなわけで、道路にはあまり詳しくない。

 

特に高校生までは行動範囲もだいぶ限られていたため、聞いたことはあるが行ったことはないなんて場所が今よりもたくさんあった。

まあ今もたくさんあるけど。

 

 

大学に上がってから、特に就活時代は色んな街に行った。そして、帰りに時間の余裕があれば、最寄りへ帰りやすい駅までよく歩いたりもしていた。

20分くらいまでなら許容範囲。例えば新宿御苑前から新宿まで。池尻大橋から渋谷まで。青山一丁目から赤坂見附まで。

 

 

のんびりと街を眺めながら歩く。

もう家に帰るだけだから、急かされる理由もない。

 

しばらく続いた見慣れない景色が、見知った街並みに変わった時、ああ本当に道って街と街を繋いでるんだなあなんて、ふと思った。

 

電車で移動するというのは、街と街の間をワープしているような感覚だったのだと、その時初めて自覚した。電車という宇宙船に乗って、それぞれの星へと移動する。その星と星の間は特に何も無い宇宙空間。

星を渡り歩くために私達は電車に乗る。

 

でもそれは違った。街は星ではなかった。その間にはちゃんと道があって街があって繋がっていて、何も無い空間なんかじゃなかった。

文字通りの、地続き。

 

そんなことを考えながら、今も時間があれば知らない街を歩いたりする。のんびりと。

雑記11

 

小さい頃は純粋だった、大人になって汚れてしまった なんてよく言うけど。それは少し違う気がする。と、私は思う。

 

私は、感情というのは箱とか引き出しとかファイルみたいなものだと思っている。

成長と共に感情を学び、箱が増えていくのだ。

 

感情を知り箱ができると、以後似たような感情を抱いた出来事(後に 記憶 や 思い出 と名前を変える)がそれぞれの箱に収納されていく。そんなイメージ。

 

小さい子供が純粋に見えるのは、箱の数がまだ少なくて、すっきりしているように感じられるからだと思う。

 

多くの人はある程度の年齢までいくと大体の箱が揃い、新たに増えることはなかなかない。生きているうちで色々な出来事があるが、感情ごとにファイリングするとその種類としては数えられる程度になる。そんなものだ。

 

大体の感情は経験した。そう思っていた。

 

 

 

でも、私に新しい感情の箱を作ってくれた2組のバンドがいた。

 

 

GOOD ON THE REEL と plenty

 

 

どちらも初めてライブを見た時のことだった。

 

plentyの時は、正体のわからない思いで胸がいっぱいになった。それは多分歓びや悲しみや切なさなどたくさんの感情が混ざったもので、どれかが特に強いというわけでもなくどれもが目一杯に引っ張り出されて、心を埋め尽くしていた。あれほど『満たされている』という表現がぴったりの状況は初めてだった。

 

GOTRの時は、『生きたい』という言葉がどこかからふわっと湧き出してきた。『もう終わりにしたい』『消えてしまいたい』そんな思いは幾度となく抱いてきたのに。生まれて初めて、でもそう思えないほど自然に浮かんできた思いだった。それこそどの曲の、どの言葉を聴いた時なのかも思い出せないくらいに。

 

 

どちらも忘れられない瞬間で、どちらのバンドも私にとってとても大事な存在。

 

 

だけど一方は、もうすぐ終わりを迎える。

 

 

かつてGOTRから『生きたい』という思いをもらった場所で、私は何を思うのだろう。

 

雑記10

 

頭が痛い

 

 

ここ数日体調が優れず昼間寝すぎたせいで

 

夜なかなか眠れない

 

 

 

ただの風邪かと思っていたけど

 

実は何かの病気で

 

夜の間に

 

プツッと糸が切れるように

 

誰にも知られないうちに

 

全てが終わったりしたりして

 

 

それでも別にいいかとか

 

 

なんて考えてみたりして

 

雑記9

 

"救いの手なんて

 

そんな恐ろしくて申し訳ないもの

 

誰にも望めなかった"

 

 

(三月のライオン Chapter 55より)

 

 

 

 

主人公のこの言葉が

 

初めて読んだ時から忘れられない

 

 

 

 

こわいんだよ

 

誰かに頼るとか

 

助けを求めるとか

 

そういうことは

 

とんでもなくこわいことなんだ

 

それができなくていつか

 

手も足も出せなくなっちゃうんだよ

 

そうなることがわかってるのに

 

それでもこわくてできないんだよ

 

 

 

 

『助けて』

 

 

 

そのたった一言が

 

私には言えない

 

雑記8

 

人生で初めて 空から氷の粒が降ってきたのを見た

 

 

雹だ

 

 

本物だ

 

 

本当に氷だ

 

 

 

今まで写真や映像でしか見たことがなかったものが

 

目の前にある

 

 

 

外は嵐

 

 

雨が降り 雹が降り

 

風が吹き荒れ

 

稲妻が空を裂き

 

雷鳴が響く

 

 

 

そんな状況なのに

 

目の前に落ちてくる 初めて に

 

わくわくして仕方がなかった

 

 

 

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嵐は 一瞬で過ぎ去り

 

 

空が青を取り戻した

 

 

ベランダに出てみると

 

 

予想外にひんやりとした風に触れて驚く

 

 

冷たい…!

 

 

思わず声が出た

 

 

本当に氷が降ってたんだなと

 

改めて思う

 

 

氷が降ったんだから

 

 

空気も冷たいわけだ

 

 

 

初めて知った

 

 

 

雹が降った後は

 

 

夏でもひんやりとした風が吹く

 

 

 

うだるような暑さからほんの一時解放されたからか

 

 

初めて に出会えたからか

 

 

 

なんだか嬉しくて

 

 

夏のものとは思えないような涼しい風に

 

 

しばらく吹かれていた

雑記7

 

事件や

 

事故や

 

災害の

 

犠牲になった方たちに対して

 

 

 

「可哀想に…」

 

 

 

という言葉を零すことに

 

 

 

どうしても違和感を抱いてしまう

 

 

 

はっきりした理由はわからないけれど

 

 

そこで悲しまないと人でないだろうという

 

無言の圧力みたいなものを感じてしまう

 

 

 

「可哀想に」と口では言っても

 

それはあくまで画面の中での出来事で

 

 

「自分じゃなくて良かった」

 

 

そう思ってたりするんじゃないかと

 

 

 

そんなことを考える私は

 

 

冷たい人間だと言われるのだろうか